正解のない時代、子どもの主体性はどうすれば育つ?「つい口出ししてしまう私たちへ」。Hillock校長・五木田氏と探る『子どもの主体性』の育みかたとは?

子供を想うがゆえの不安から、ついつい口出ししてしまう――。しかし、その「良かれと思って」の介入が、実は子供の主体性を奪う「過干渉」の罠になっているかもしれません。

今回のスクスクでは、weclipが主催する教育をより身近に語り合うオンラインサロン「コエドカフェ」のVol.39をダイジェストでお届けします。オルタナティブスクール(※オルタナティブスクールの解説はこちら)Hillock(ヒロック)初等部代々木校の校長であり、ソーシャル型経済メディア「Newspicks」にも連載を持つ五木田洋平氏をゲストに迎え、これからの正解のない世の中に求められる「主体性」と、家庭に求められる「安心感」と、過保護になりすぎない「境界線」など、保護者が気になるテーマを語り合いました。

はじめに:つい口出ししてしまう、私たちのリアルな葛藤

西田:皆さん、こんにちは。私自身一人の親であり教育者ですが、「子ども自身の主体性が大事」と分かっていても、つい「早くしなさい」「そうじゃないよ」と先回りして口出ししてしまう。今日はそんなリアルな葛藤を出発点に、HILLOCK初等部校長の五木田洋平さんと考えていきます。

五木田:HILLOCKの五木田です。最近よく思うんですけど、「主体性」や「探究」という言葉は抽象論の空中戦になりがちですよね。でも教育や子育ての実際は泥臭いことばっかりです(笑)今日は完璧な正論ではなく、明日からの日常に持ち帰れる「納得解」を一緒に見つけていきましょう。

教育の土台:「二次障害」を防ぎ、「人生のコントローラー」を取り戻す

西田:五木田さんが教育実践で最も根底に置かれている考え方は何ですか?

五木田:「二次障害を避ける環境づくり」です。一次障害という生まれ持った特性に対し、周囲に否定され続けたり失敗を咎められたりして後天的に生じる極端な自己否定や他者拒絶が「二次障害」です。大人は「何をさせるか」に目を奪われがちですが、まずは彼らの心に不調を招かない安心安全な場を保証することが最優先です。その土台の上で「学びのオーナーシップ」が生きてきます。

西田:学びのオーナーシップとは、どういう状態ですか?

五木田:主体性って言葉が近いんですけど、ちょっと硬いですよね。少しポップにすると「自分の人生のコントローラーを、自分で握る」ということです。ゲームをやってるときに「次は右に行け」「そこはジャンプだ」「あ、間違えたから貸しなさい」ってコントローラーを奪ってきたら、一気につまらなくなりますよね(笑)。

学びも全く同じです。自分で試行錯誤する楽しさも、失敗から学ぶ悔しさも、すべて大人のものになってしまう。子どもが失敗する権利、つまり「失敗のオーナーシップ」すら奪ってしまうことになるんです。学びの本質は、誰かに「させられる」ものではなく、自分自身のものです。

変化のプロセス:ある女の子が歩んだ「1年の軌跡」

西田:「人生のコントローラーを奪わない」。本当に耳が痛い言葉です。ただ、実際にコントローラーを子どもに預けて見守るというのは、大人にとっては本当に忍耐が必要ですし、「本当にこのままで大丈夫なのだろうか」と不安になります。コントローラーを委ねられた!って感じた出来事はありますか?

五木田:不登校経験があり、最初はひどく自信を失っていた女の子がいました。象徴的なエピソードがあって。HILLOCKの自由進度学習で、最初の頃彼女は「今日も全部できた」としか振り返りに書きませんでした。失敗しない簡単な課題だけを選び、「できている自分」を信じたかったんだと思うのです。

西田:防衛策だったのですね。そこからどう変化したのでしょうか。

五木田:「ここでは間違えても自分の価値は変わらない」という安心感が育った頃、彼女は自発的に「昨日間違えた問題」から解き始め、「繰り上がりでつまずいた」と分析するようになりました。最近は自ら選んだ「手話」を大勢の保護者の前で堂々と発表したんです。

西田:それは大きな変化ですね!すごいチャレンジ!

五木田:はい。そこでかなり本質をつく言葉がポロッと出まして。「安心して挑戦させてくれてありがとうございました」と言って発表を終わりにしたのです。安心安全な基地があれば、子どもは自ら新しい世界へ踏み出します。

ヒロック初等部のクラス会議の様子。サークルになり自分の意見を言い合う。

実践的な介入法:人格と行動を切り離し、「本人の願い」を起点にする

西田:トラブルが起きた時など、大人が介入せざるを得ない場面ではどう声をかけますか?

五木田:「ああしろ/こうしろ」は自己調整能力を奪います。喧嘩も当事者の大切なことがぶつかった結果。大人が結論を下すのオーナーシップがないですよね。ぼくはもめ事の際に大切にしている型があります。それは「相手に何をされたか」ではなく「自分は何をしていたの?」から問うことです。

その際最も重要なのは「人格」と「行動」を切り離すことです。

「乱暴な子」と人格を否定されるってキツくないですか?「乱暴な子」って定義された子が「やったぁ!じゃあ乱暴な自分を変えよう!」とキラキラした顔になることは想像できません。

西田:そうですよね。そういう時はどうするんですか?

五木田:はい。「自分は何をしていたの?」とお互いの行動を見える化しました。ノートに書くのおすすめですよ。意識が人でなくノートに書かれた行動に向きますから。「なんでそうしたの?」「本当はどうしたかった?」はその次です。そうすると自然と人格ではなく、行動に目がいきます。

西田:そうか!”悪いのはどちらなのか”という話題ではなく、”どこを変えればいいのか”という話題になっていくんですね。

五木田:そうです!次回はどうするかを必ず本人たちの合意の上で終わりにします。数日経ったときに「あれどうなった?」って聞くことも多いですね。喧嘩をしてしまったという「失敗経験」は大きなトラブルがなければ「行動を改善できた」という成長体験に変わります。

西田:「失敗経験を成長体験に変える!」なるほどですね。これなら、子ども自身がルールを作る当事者になれますね。ここで参加者からご質問です。「どうしても子どもの成長を急いでしまい、「うちの子、全然変わっていない」と焦ってしまうことがあります。大人の側の「見方」をアップデートするコツはあるのでしょうか。」

五木田:大人はどうしても「理想の成長ゴール」を基準にして子どもを見てしまうので、「まだこれができていない」「成長していない」という欠点ばかりが目についてしまいますよね。これを変えるためには、成長という大きな変化を探すのをやめて、日常の「些細な変化」を面白がる視点を持つことです。「筆箱が変わった」「髪型を変えた」等の些細な変化を面白がる視点が大切です。そんな、本当に小さな変化でいいんです。大人がその微差に気づいて言語化してくれるだけで、子どもは「自分のことを見てくれている」という安心感を得ます。

その上で、子どもの行動を「続けるといいこと(ポジティブな行動)」と「このままだと本人が困りそうなこと(リスクのある行動)」という2つのフレームワークで分類して見てみてください。

「続けてほしい良い行動」については、大人が丁寧に言葉にしてフィードバックし、定着を応援します。一方で、「このままだと本人が困りそうな行動」――例えば、いつも忘れ物をして本人が学校で泣いているような場合ですね。これは、本人のオーナーシップを尊重しつつも、大人が環境の側を具体的に調整して助けてあげて良い領域です。「前日の夜に、一緒にチェックリストを見て鞄に入れる」といった環境のサポートです。

西田:またコメントをいただきました「大人がそこまで手を貸してしまうと、子どもの過保護や誘導になってしまい、主体性が育たなくなるのでは?」とのことですが、いかがですか?

五木田:過度に恐れる必要はありません。本人が「忘れ物をせず、楽しく学校で過ごしたい」と心の中で望んでいるのであれば、その行動の定着を支援することは、子どもにとっても実益が大きいです。ある特定の領域で大人が具体的な支援をしたからといって、その子の他のすべての領域における主体性が下がってしまう、というのは論理的な飛躍です。

大切なのは、大人の想像や理想だけで支援を押し付けるのではなく、本人の心の奥底にある「こうありたい」という願いを起点にすることです。

子どもと一緒に振り子の実験をする五木田さん

介入の基準:迷った時の「二軸のフレームワーク」

西田:どこまで口を出すべきか迷った時の基準はありますか?

五木田:現場で使っている二軸のフレームワークがあります。縦軸を「命・心身への影響(リスク)」、横軸を「本人が悩んでいるか」とします。

リスクが大きい下の領域は絶対介入しましょう。悩んでいたら絶対介入、悩んでいなかったら説明や説得をして合意ができればいいです。一方、左上のように本人が悩んでいる場合はアドバイスをしますが、「最終決定のコントローラーは本人に委ねる」ことが大切です。一番注意すべきは「命に関わらず、本人も全く悩んでいない」領域への過度な口出しです。本人が困っていないのに口を出し続けると、将来本当に困った時に助言が届かなくなります。

西田:完全に身に覚えがあります……。本人が困っていないのに、こちらの都合や焦りで先回りして口を出してしまう。それが、いざという時の信頼関係を削っていたのですね。

五木田:そうなんです。心理学で「ダニング・クルーガー効果」という言葉がありますが、人間は何かを学び始める初期段階では、自分の実力を過信しがちです。その後、実際にやってみて失敗することで、初めて「自分は何も分かっていなかった」という無知の発見をします。

引用:https://www.ctm.works-hi.co.jp/peoplelabo/ed_dunning-kruger/

そこから試行錯誤を経て、本当の意味での現実的な自信や自己調整能力へと向かっていくんです。大人はその波を前提として受け入れ、ある程度はハラハラしながらも見守る度量が求められますね。

おわりに:大人の「アンラーン」と「よはく」

西田:その度量を持つためには何が必要でしょうか。

五木田:大人自身の「アンラーン(学びほぐし)」は大切です。「親が全て導くべき」「子が育たなかったら親が全部悪い」という固定観念や口出しの癖を手放すこと。そして大人の心に「よはく」を持つことです。大人がタスクでギチギチだと絶対に待てません。

西田:五木田さんはどう「よはく」を作っていますか?

五木田:僕は日々の「料理」ですかね。教育は結果が見えにくいですが、料理は切って炒めればすぐ結果が出る。手を動かす確実な身体感覚に没頭し「先生」を忘れる時間がよはくになっています。あとは作曲をしていて。ピアノやシンセサイザーの音を重ねて、音楽制作に没頭するのも同じですね。

西田:素晴らしいですね。料理や音楽制作という、大人が一人の人間として没頭できる時間こそが、子どもたちの成長をじっと見守るための、大きな器のような「よはく」を生み出しているのですね。子育てや教育に向き合いすぎて苦しくなったら、大人が一旦「親」や「先生」という役割の看板を下ろして、自分の人生のコントローラーを握って楽しむ時間を作る。その楽しそうな大人の背中を見せること自体が、子どもにとって何よりの「主体性のロールモデル」になるのかもしれません。

五木田:本当にその通りだと思います。完璧な親や、完璧な教師である必要なんて全くありません。僕自身かなりの欠陥を自分に感じることがあります。ただ、そんな大人がいてもいいじゃないですか。大人自身が自分の人生のオーナーシップを持って、よはくを楽しみながら生きている姿こそが、子どもたちに「大人になるって楽しそうだ、自分の人生は自分で決めていいんだ」という「素敵な当たり前」を納得させられるのかなと思うんです。。

西田:目の前がパッと明るくなるような、そして明日からの子どもとの時間が愛おしくなるような、たくさんの温かいヒントをいただきました。五木田さん、本日は本当にありがとうございました!

取材協力:五木田洋平(ごきたようへい)氏

オルタナティブスクール「Hillock初等部代々木校」校長。著書に『対話ドリブン』。私立校での教員経験を経て、「福利の拡張」を掲げる学校を設立。子供たちが「自分の人生を生きる」ための環境づくりを追求し続けている。