川崎 知子 Tomoko Kawasaki
広島県福山市立常石ともに学園 教員
日本イエナプラン教育協会 理事
日本イエナプラン教育専門教員 資格保有
今回のスクスクでは、特別支援学級の担任の先生をされている川崎知子先生にインタビューを実施。現在、日本で2校目であるイエナプランスクール「広島県福山市立常石ともに学園」で働く川崎先生のオランダ在住時の経験や教育観、子どもたちへの想いを伺いました。
イエナプランとの出会い
西田:今日はイエナプラン教育(※1)を専門的に学ばれていて、オランダ在住の経験もある常石ともに学園の川崎知子先生に教育観や子ども観を伺いたいと思います。よろしくお願いします。
川崎:
よろしくお願いします。
西田:まずは先生になったときの頃のことを教えていただけますか。
川崎:
最初は江戸川区の小学校に勤めました。その間に育休を取って、結果江戸川区で9年勤めたのですが、その間にリヒテルズ直子さん(※2)と尾木ママが対談している本を読んでイエナプランのことを知りました。その後、江東区に異動したのですが、8月にオランダで1週間イエナプランの研修があるということで、イエナプラン教育の本場であるオランダに行くことにしたんです。
オランダの学校は日本と雰囲気が違うんですよね。穏やかで、子どもたちは楽しそうに生活しているんです。そのときにオランダの先生が「みんなできることからやろうとするけど、それは自分の幅を狭めてしまっている。できること以上のことをしようと考えてるんだ。」と言っていたのがとても印象的でした。
日本に帰国して、担任していた2年生のクラスでイエナプランで大切にしている「サークルタイム」と「ブロックアワー」という『自分で計画を立てて自分のペースで科目にとらわれずに学習する』というのを始めてみたんですよね。そしたらそれがとても良くて。今までと全然違うんです。
西田:「良くて」というのは子どもたちの反応が、というところですか。
川崎:
そうですね。子どもたちが本当に生き生きするし、今までの講義型とは違ってサークル対話になると子どもたち同士の距離も近いし、みんなが何かしら発言できるんです。強制的な発言ではないので穏やかな雰囲気になるんですよね。そこから1年半実践してみました。
西田:なるほど。例えばどんな科目でイエナプランを取り入れてみたのでしょうか。
川崎:
国語と算数と社会でやってみました。漢字ドリルや社会の学習課題を自分のペースでやってみる、といった感じです。今までの子どもたちと取り組み方がまるで違いましたね。
西田:そんなに変わるものなんですね。今後、この記事を先生だけでなく保護者の方を含め、たくさんの方に読んでもらいたいと思っているのですが、イエナプランのことをもう少し詳しく教えてくれますか。
川崎:
イエナプランはペーター・ペーターゼンというドイツ人が1927年にイエナ大学で実験的に始めたものなんです。一番大切にしているのは教育は教えることではなく、「養育」だということで、とにかく子どもたちの成長を目指しているんです。
当時の学校教育は、工場のようにみんな同じような均一な商品を作るといった教育でしたが、養育は「ひとりひとり違った子を育てる」「学校は人間的な場であるように」という考え方だったんですよね。日本も当時は大正自由教育運動がありましたね。
ドイツで始まったイエナプラン教育が1960年代にオランダに伝わったのですが、オランダの教育はそもそも自由を認める方針で、なんと、オランダの教育は、公立も私立も「国」が全部お金を出してくれるんですよ。だから親は、「キリスト系」でも「シュタイナー(※3)」でも「モンテッソーリ(※4)」でも行かせたい教育方針の学校に、国のお金で行かせることができるんですよね。だからドイツよりもオランダの方がイエナプランが広がっているということですね
西田:素晴らしい取り組みですね!オランダでのイエナプランの普及率はどれくらいなんですか?
川崎:
これよく聞かれるんですけど、オランダでの普及率は3%くらいなんですよ。小さな町に一つくらいですかね。面白いことに一つの校舎の中にイエナプランの学校と伝統的な学校の両方があったりするんですよ。だからオランダって「選択の国」なんだなと思いますよね。自分の子にどっちが合うのか、自分はどっちが好きかで選ぶんです。
西田:オランダ人の中でもイエナプランの良さと伝統的な教育の良さはどちらも認知されているんですか?
川崎:
そうですね、オランダがイエナプラン教育が一番普及してますが、それでもイエナプランを知らない人の方が多いんです。でもオランダの学校は日本とは全然違いますね。絶対的に子どもが幸せそうで、緩やかなんですよね。伝統的なスタイルの学校は日本の学校みたいにみんな前向きに座って、先生が前に立って説明する形式をとっているんです。でも日本とは大きな違いがあります。
日本は文科省の考え方に則った「学習指導要領」の方針に沿って学年ごとに学ぶことがきっちり決まっていますが、オランダは伝統的なスタイルの学校でもあっても教育方針はその学校独自で自由になっていて、決まっているのは「小学校卒業までに大体これくらいやればいいよね」というところまでなんです。それで先ほどお伝えしたように国がお金を出すので、『子どもに合った教材を子どもの数だけ用意することができる』んですよね。
■イエナプラン教育(※1)
ドイツにあるイエナ大学の教授だったペーター・ペーターゼンが創始したオープンモデル型の学校教育。子どもたちを異年齢のグループに分けてクラスを編成し、子どもたち一人ひとりを尊重しながら自律と共生を育てることを目指している。現在、イエナプラン教育の普及率は発祥地であるドイツよりもオランダの方が高い(国内200校)とされている。
①異年齢による学級構成
②教科別の時間割ではなく「対話」「遊び」「仕事(学習)」「催し」の4つの基本活動を循環的に行う
③教室は「リビングルーム」と呼ばれ、快適に学べる環境を子どもたち自身が整えていく場と考えられている
④ワールドオリエンテーション(総合学習)が尊重される
⑤インクルーシブな教育を目指し、可能な限り生の社会の反映としてとらえ健常児も障害児も共にまなぶ
■リヒテルズ直子(※2)
オランダ在住歴24年、オランダの教育と社会事情を著作・講演を通して日本に伝えている。イエナプラン教育についての研究では日本における第一人者と言える。
■シュタイナー教育(※3)
思想家であり哲学者でもあるオーストリア出身のルドルフ・シュタイナーの人間観に基づいた教育実践の総称。一人ひとりの個性を尊重し、個人のもつ能力を最大限に引き出す教育で知的能力だけでなく、手足を動かした芸術作業にも重点を置いて取り組んでいる。
■モンテッソーリ教育(※4)
創始者はイタリア初の女性医学博士であり教育者でもあるマリア・モンテッソーリ。教師が何十人もの子ども相手に一方的に教えるのではなく、子どもの自発性を尊重して、子どもが自分で課題に取り組み、結果を導き出すプロセスを重視している。
イエナプランを求めてオランダへ移住
西田:少し話が戻りますが、オランダ研修を経て日本に帰国して小学校でイエナプランを実践した後、どういった活動をされたのでしょうか。
川崎:
そうですね、『イエナプランを学びたい』という気持ちがとても強くなったんです。それと同時に「チャイムが鳴る」「全校朝会で苦しんでいる子がいる」などのいろんな「なんで日本の学校はこうなんだろう」という想いがたくさん出てきたんです。
そのとき、長男が年長だったので翌年が小学校に進学する年齢だったんです。日本の学校にこの子を入れたら不登校になるかもしれないし、暴れてしまうかもしれないし、逆に日本の学校に入れてそこで順応してしまったら私が辛いな、と思ってしまったんですよね。そういった思いとイエナプランを学びたい意欲が重なって、「もう、オランダに移住してしまえ!」って思ったんですよね。
西田:行動力がすごいですね!
川崎:
よく言われます(笑)。そのときの気持ちは、半分は息子をこのまま日本の学校に入れたくないって思いで、もう半分はイエナプランを勉強したいという思いでした。日本人の教員向けのイエナプランの専門研修というのも始まっていて、2017年の9月から3ヶ月間、オランダでホームステイをしながら学校見学をさせてもらいました。リヒテルズ直子さんの通訳付きでした。
ただ当時は江東区の小学校に勤めていまして、3ヵ月も学校を空けるので休職しようと思っていたんですが、それができなかったんです。それと、結局公務員だから安定してるし、仕事辞めるわけないよね、というような発言が周りで多くあったんですよ。「別に私は安定してるから教員やっているわけじゃないんだけど!」っていうちょっとした憤りというか反骨心みたいなものがあって「だったら辞める!」って(笑)。まあそういう気持ちもあったんですけど、全てがタイミング的に重なったんですよね。昔からやりたいと思ったことはやらないと気が済まないタイプっていうのもあるのですが(笑)。
ちなみにビザが2年間だったので2年間はオランダで暮らそうと思っていました。もちろん家族も一緒にオランダ移住ということで、夫も仕事を辞めてついてきてくれました(笑)。
西田:
旦那さんの行動力もすごい(笑)。ちなみに3ヵ月間の研修ではどんなことをされていたのか、どんな出会いがあったのか教えてもらえますか。
川崎:
各学校の校長先生の家に2週間ホームステイをさせてもらいながら学校に通うというのを3回やったのですが、その期間中に、本当に素敵だなって思える先生に出会えたんですよね。言葉では表現しづらいのですが「理想とする空気感や雰囲気をまとっている」という感じでした。
例えばある朝、その先生に「今日、子どもたちが料理をするから見てて」と言われたんです。子どもたちは「きのこレストラン」を開店して商売をやる日だったんです。子どもたちは自分でレシピを見ながら、きのこのスープやきのこオムレツを作りました。私たちはオランダ語も分からないからただ見てるだけなんですけど、5、6年生くらいの子どもがどんどん自分たちで動いていくんですよね。そのうちその様子を見ていた私たちに対して、ある子どもが「きのこを刻んでくれよ」って英語で話しかけてきたんです。急に手伝うことになって(笑)。
子どもたちは「きのこ」をテーマに探究学習もしていたので、「きのこレストラン」を開店する前にはポスターセッション(プレゼンテーション)もやったりしてました。
あとは、この「きのこレストラン」を見に来ている保護者向けに椅子取りゲームもやったりして、これがかなり白熱して盛り上がってました(笑)。1位になった保護者にはきのこレストランの50%割引券が配られるんですよね。アイディアが面白くて、マシュマロの上にいちごを乗せてきのこに見立てたお菓子も売られました、1ユーロでした。
「いくら稼げたか」という部分は算数につながっていると思うのですが、最終的には稼いだお金で遠足に行くんです!「ああ、これが求めていた生の社会、教育の姿だな」と思いました。
西田:本当に社会の縮図のような生きた授業ですね。「きのこレストラン」は日本でいうと家庭科の学習に近いですか?
川崎:
少し違っていまして、家庭科だともっと先生が教え込まないと成り立たない気がします。イエナプランでは今話したような学習は『ワールドオリエンテーション』と言います。日本で言う総合的な学習の時間に近いものです。
西田:テンプレートのようなものはあるんですか?子どもたちと先生が一緒に作り上げていっている印象を受けたのですが。
川崎:
おそらくテンプレートのようなものはあると思いますが、イエナプランの研修だったり先生たちの経験の積み重ねで徐々にブラッシュアップされているんだと思います。
西田:日本では「教鞭を取る」というイメージが先生にありますが、イエナプランでは先生はどのような立ち位置なんですか。
川崎:
先生は『グループリーダー』ですね。リーダーシップは発揮しなければいけない、けれど見守ることで子どもたちが主体的に動くことが大事だよね、という感覚です。あと、イエナプランの先生は縛られすぎずに「あるがまま」でいられるんですよね。日本では、「仕事と家庭の両立」とよく言われますけど、オランダでは絶対的に家庭、母親が優先で仕事は二の次が当たり前なのがとてもいいなって思います。
西田:日本とオランダでは根本が違いますよね。学校の教育現場からは少し離れてしまうのですが、オランダでは地域のつながりといった面はどのような文化なのでしょうか。
川崎:
地域のつながりはとても良いです。特に田舎は隣の家に鍵を預けるのは当たり前で荷物を隣の家に預ってもらうのも当たり前です。旅行に行く時は隣の家の人がペットに餌をあげてくれるなんてこともあります。それから、なぜかカーテンもありません(笑)。あとは美術館に柵がなくて、触ろうと思えば絵に触れるんですよね。それこそゴッホの作品であっても。でも触らないんですよね、写真を撮っても大丈夫ですし。
西田:そういった文化のもとで教育が成り立っているんですね。
川崎:
そうですね。オランダ人は当たり前のように家で幸せに暮らしていて、「なんで学校で厳しくされなきゃいけないの?」という土台がありますよね。日本の先生たちの話をするたびにイエナプラン校の先生たちは「なんでストライキしないの?」「なんで夜19時まで学校にいるの?」って言われますよ。オランダはだいたい15時くらいに終わってすぐに帰っても良いですし、1時間くらい仕事してから帰っても良いです。そもそもがワークシェアリングの国なのでみんな週3、4勤務ですね。
西田:なるほど。様々なことを経験された研修後、川崎さんはオランダに住むことを決めたんですね。
川崎:
そうです。そして、ビザを取るためには個人事業主として会社を作らないといけなくて。そこで「イエナラボ」という会社を作りました。その会社のサービスとして、日本の子たちに向けて探究学習のようなことをzoomでやっていまして、本当に楽しかったですし日本に帰ったら同じようなことをやりたいなあという想いがとても膨らみました。
色々とテーマを掲げて探究学習をやりましたが、おにぎりやチョコレートなど食べ物関係をテーマにすることが多かったですかね。3週間に一度のペースでみんなで集まって進捗を共有して、最後に発表をする、といった形式で2年ほどやりました。スライド作りも教えたり無理のない範囲でやっていました。
日本で2校目のイエナプランスクールへ
西田:とても居心地が良さそうなオランダですが、どうして日本に帰ってくることになったんでしょうか。
川崎:
息子たちはオランダ語に苦労していたので帰りたいと言っていましたが、私と夫はオランダでの生活にとても居心地が良くなってしまいました(笑)。オランダに残るかどうしようかと気持ちが揺れている時に、日本の公立小学校でイエナプランをやることを知ったんです。それでビザが切れるタイミングで日本に帰ってきまして、帰国後約半年で、その効率のイエナプランスクールでで働くことになりました。
その学校は2022年4月に開校した日本で2つ目のイエナプランスクールで「常石ともに学園(つねいしともにがくえん)」といいます。広島県福山市の海辺にある小さな学校で、1、2、3年生のクラスと4、5、6年生のクラスの異年齢集団で構成されてます。
西田:日本のイエナプランスクールで行っていること、イエナプランを通じて伝えたいことを教えてください。
川崎:
基本的には机の向きは講義型ではなく班の形で行っています。サークル対話ができるベンチもありますが、黒板はありません。子ども達自身で学習計画を立てて進めていますね。
私は、この学校で初めて特別支援学級の担任になったんです。オランダの学校は遊びの中で文字や数字に興味をもつような教育過程が、一つのカリキュラムとして出来上がっていたんですが、まさにその経験を活かしていま実践しているような状況です。
そして、私は子ども達にはとにかく「人生は楽しいんだよ」ということを全力で伝えたいなと思っています。大人も子供も「頑張らなきゃダメなんだ」とか「努力が実らなくてもすべてのことを頑張る美学」が日本は強いなと思っています。ときには粘り強く耐えることも必要かと思いますがつらい頑張りは良くないと思っていますので、「頑張らなくていいんだよ」ということを伝えたいです。時の流れがとにかくゆっくりであってほしいし、次へ次へと忙しなく生きていくのではなく、一つ一つ心に余裕をもって生きていきたいなって思います。
イエナプランでははいですが、オランダの文化がとても良いなと思っていまして、仕事が終わって家に帰ったら一度お茶を飲んで心と身体を休ませてから夕飯を作ったりします。でも、日本で働いていると心の余裕を失っている状態になりがちで「もうこんな時間だから、早くご飯を作って食べさせなきゃ」となるんですよね。日本にいると、なんでこんなにいそいそと忙しない状態で生活しているんだと思います。もっと心にゆとりをもって生活できる社会になってほしいと願っています。
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