【生きる力】応援される人になれ

okiyama

沖山 友晴   Tomoharu Okiyama
株式会社 NO WHISTLE 代表取締役

今回のスクスクでは、年代別日本代表選手を輩出する埼玉県強豪サッカークラブのコーチとして、たくさんの子どもたちの指導に当たられている沖山友晴さんにインタビューを実施しました。サッカーに情熱を注いだ大学時代から独立した現在に至るまで、教育観とあわせてお話を伺いました。

大学サッカーで学んだこと

西田:
本日は宜しくお願いします。まず沖山さんのご経歴を教えてください

沖山:
はい。さかのぼること17、8年前、埼玉県川越市にある川越水上公園と大学と運営会社の3つで新しくサッカースクールを始めようという動きがありました。

川越水上公園はサッカースクールを始めるにあたって民間と手を組むだけではなくて大学機関との連携も視野に入れていて、白羽の矢が立ったのが私の母校である順天堂大学でした。

そこで大学4年生の時に部活をやりながら川越に通い活動を続け、川越水上公園に「プロコーチ」という形で就職しました。

そこから4年目に小中学生向けにサッカーのクラブチームを立ち上げて、2006年から選手の育成と普及を始めました。それからサッカースクールも開校して、今19年目を迎えます。ずっとこの会社にいたのですが、去年の3月末で退社をして今は外部契約で携わっています。

西田:
川越水上公園に関わり始めた当時、沖山さんは順天堂大学サッカー部だったということですが、大学サッカー部の時のお話をお聞かせください。

沖山:
僕は国体や全国選手権の経験がなかったので一般入試で入りました。順天堂大学はサッカー部に入るためのセレクションがないので、入部することができたんですよね。もともと、体育の先生を多く輩出する大学なので、サッカー部に所属していることが一つのステータスで、それが教員採用試験で有利に働くというのが古くからあったみたいです。だからそれに甘んじてサッカー部に籍だけ置いている人もいましたね。

そこにメスが入ったのが大学2年生の時でした。「本当に先生になりたいのならサッカーしてる場合じゃないだろ。勉強しなさい。」という考えをもった顧問に変わりまして、けっこうの数の選手がクビになりましたよ(笑)。

その先生は「あくまでも大学は教育の場だ」と考えている人だったので人間形成という部分では「サッカーも勉強も本気でやる」というのを大切にしていたんだと思います。だから、僕のようにサッカーの実力がない人間でもやり通せるような環境になりました。

西田:
変革が起こった大学2年生以降、沖山さんにも変化がありましたか?

沖山:
大学3年まではCチームで県リーグに出たりしていたんですが、4年生になってトップチームに上がれたんですよね。「頑張り枠」のようなものがあってそこに入れてもらいました(笑)。ただトップチームに所属していると天狗になっていくんですよね。それに気づいた仲間が自分を諭してくれたこともありました。また、僕よりうまい選手は何人もいたんですけど、そういった選手たちもスタンドにいて応援に回ってくれたんですよね。

そういった経験があるから、「培ったこの感覚で子どもたちにサッカーを教えたらどんな大人になっていくんだろう」とワクワクしましたね。人のことを考えて応援される選手、応援されるチームということができたらいいよなと思ってチーム作りがしたいなと思いました。

ただ、長年クラブ運営をやっているとどうしても現実的に数字を見なくてはならなくなるんですよ。僕は不器用な方なので「会社経営」と「サッカークラブという教育組織運営」の間でずっと葛藤がありました。なので「教育」に力を注ぐと決めたからには立場を変えないといけないと思ってクラブを離れ独立することを決めました。

サッカーを通した人間的成長


西田:
沖山さんの根底には大学の頃に経験した「サッカーを通じた教育」があるんですね。

沖山:
はい、その経験は自分の中で多くの部分を占めていますが、忘れていたなと思うこともありますね。これまでずっとサッカーの指導者として働いていましたが、サッカーをしている環境って本当に小さなコミュニティなんですよ。サッカー以外に対する意識は元からあったものの、周りを見渡すと僕と同じような人間が集まってきているんですよね。考え方、ものの見方が狭くなっているなって感じることがありました。

西田:
それはいつぐらいからですか。

沖山:
そうですね、4、5年くらい前ですかね。一時、現場を離れたことあったんですけど、離れた場所が所属していたサッカークラブと全く違う場所で現場の施設管理だったんです(笑)。

そこのリーダー的な立ち位置だったんですけど、部下には僕より年上の人もいて意を唱えてくる人もいたわけです。その時、「今までどれだけ楽な環境下で仕事していたんだろう」って思ったんですよね。同じ思いの仲間が近くにいて、何かやろうと思えばやれる、忙しいけど好きなことをやれる環境ってどれほど楽なことなんだろうということに気付いて、原点に戻ろうと思いました。

だから、サッカークラブに戻ったときに指導の考え方や子どもに対するアプローチの仕方を考え直しました。そこから徐々に「教育」という部分が自分の中で大きくなってきたこともあって会社をやめることを決意しました。

あとは新型コロナウイルスも大きかったですね。「このクラブってなんのためにあるんだ」「サッカーができなかったらサッカークラブにどんな意味があるのか、それでも求められる価値はなんなのか」と考えるようになりまして。

サッカーはあくまで成長のための手段であって、本当に子どものことを考えたらサッカーにこだわらなくても良いんですよね。

その子の得意なことがサッカーなだけであって、そこに何かの意味を肉付けできれば、プロ選手になってもならなくてもサッカーやっててよかった、このクラブにいてよかった、ってそう思える大人に育ってほしいし、それが僕らのやることなのかなって思いましたね。

西田:
人として成長するにはサッカーだけじゃダメ、ということでしょうか。

沖山:
端的に言うとそうですね。僕自身もサッカー以外で会う人たちに刺激を受けるんです。

ただ、考え方はみんな一緒で。サッカーコーチであっても野球のコーチであっても陸上のコーチであっても、社会人の方、学校の先生でもみんな自分の成長と他者の成長を求めていったら、ただ手段や方法が違うだけであって、ある意味、教育観というか想いは一緒なんだなって思うんですよ。

「僕はこうやって会社を大きくしていきたい」っていう企業理念さえも合致してくると思ってます。

例えばチームのことを考えるとか、人のことを考えるとかそれをうまくサッカーの指導現場と結び付けて「ああ、こういうことになるんだな」って思う時がありますよ。「言葉遣い気をつけろよ」が「パスの出し方に気をつけろよ」になるかもしれないし、「人が困っていたら助けよう」は「ピンチになっている選手がいたら助けに行こう」とか、多分それは社会的な活動がそっくりそのままサッカーのシーンに移し替えられるといえますよね。だからサッカーだけじゃない、に尽きるんですよね。

西田:
人間的な成長のためにサッカーはあくまで手段、という言い方もできるのではないかと思うのですが、そうではないのですか。

沖山:
やっぱり自分が何か一つ残すということを考えるのであれば、これまで情熱を傾けてきたサッカーというもので、一番自分が気持ちを伝えやすいものとして形にできれば良いなと思っています。サッカーは個人も大事だけどチームスポーツだから、仲間がいなくてはいけないし、対戦相手がいないと成り立たないしっていう小さな社会ですよ。それを子供がどうやって思い描くんだろうとか子供たちにどんな伝え方ができるかということを模索しています。

西田:
なるほど。今、サッカーを通してたくさんの子どもたちと接していると思いますが、今の小学生について思うところはありますか。

沖山:
実際に子供と触れ合うところがサッカークラブなので、みんな何か好きなことを、という思いで来るじゃないですか。ただ中には感情表現が苦手な子は圧倒されていますよね。その子に「もっと自分出していこうよ」といってもそれは酷な願いなのかなって思います。

そういった子には感情を出せる雰囲気や場が必要ですよね。もちろん、そういったことは一人では成り立たないんで結局は周りの人、環境が、ちゃんと自分の存在価値を認めてくれたり、自分なりの表現の仕方ができたりするクラブでありたいと思いますよね。

西田:
そうですね、さらにそういったことが学校教育と補完し合えたらいいですよね。

沖山:
自分の大学の先生も「補完せえ!補完せえ!」ってずっというんですよ。でもその時大学生でありながら当時の僕は「補完」という言葉を知らなくて(笑)。

後から調べてわかったんですけど(笑)、サッカーってお互いに足りないことを補い合いながらやってくスポーツなんだとずっと言っていました。15、6年経ってようやく腑に落ちまして、サッカークラブには、プロになりたくてとか、体育の延長線上でとか、いろんな目的を持った子どもがいますが、それでも点を取ってみんなで喜び合えて、それがサッカーの良いところです。

学校教育との関連でいくと、学校ではこうで、サッカー現場ではこうで、と子どもたちって二面性がありますよね。ある子は、サッカークラブではすごい静かなのに、学校ではすごくうるさいっていう話を聞くんです。

それってなんでだろうなって思った時に、自分に責任があってその子の本領を発揮させられてあげられてなかったのかなと思うんですよね。もしかしたらその子の良さを見抜けていなくて、フォワードではなくディフェンスにしているのかもしれないし。

例えば、学校で怒られてサッカースクールでも怒られたら子どももやる気がなくなってしまいます。もし、僕たちが学校と連携できていたら「何かあったの?」とこっちでケアできたりするんですよね。そういう場所でありたいって思っています。そういった気持ちの変遷があってサッカークラブ運営よりも教育への想いが強くなりました。

自分を突き動かす原動力

西田:
沖山さんが会社員を辞めて独立するに至った原動力はどこにあるんですか。

沖山:
たぶん、サッカーとしての実績を収められなかったことの反動か、「負けなくない」という気持ちがあるんだと思います。単純に負けず嫌いです。でもすごい反対もあったし、家庭もありますので不安もありました。だから最低限のリスクヘッジはして、独立に踏み切りました。

西田:
沖山さんのように自分の思いに正直になって生きていく子どもが増えるといいですよね。

沖山:
それが僕らしさって言われると、僕は単純なんでやっちゃうんですよね(笑)。後は本当にタイミングで、応援してくれる人が周りにいて「間違ってないよ」と言ってくれたのも大きかったですよね。

西田:
話は変わりまして、今後、未来ある子どもたちとどんなことをやっていきたいですか。

沖山:
僕はプロ選手にはなれなかったけど、サッカーを教えるプロになりたい、と。プロのサッカー選手への育成に携わる人間にならなれると思って。なのでプロサッカー選手を目指す子どもはしっかりと応援したいと思ってます。

あわせて、大学で教わったことを子ども達に還元できたら、プロサッカー選手になれた子もなれなかった子も、人間性豊かな大人になり、やりたいことを思いっきりできる、生きたいように生きれる大人になってくれるんじゃないかなと思ってます。

西田:
最後に沖山さんの思い、伝えたいメッセージがあればお願いします。

沖山:
いつも思っているのは、僕「おっきー」って呼ばれてるんですけど、「ミッキー」と「おっきー」で比べてます。「ミッキー」は夢の国なんですけど、全力で手を振るし、毎回全力で笑顔じゃないですか。そんなミッキーを僕は尊敬しているし、勝手にライバル視してるんですよね(笑)。目指せ「おっきーマウス」です(笑)。

夢の国のように、そこに行ったら元気になれたり、楽しいからまた行こうよ、というような心を浄化できる、ストレスがない場所、組織を作りたいと思っています。そのためにも日々を自分が楽しんでいきたいと思っています。

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ABOUT US
西田 雅史
2010年4月〜東京都内公立小学校にて勤務。初任者の頃、『作家の時間(ライティング・ワークショップ)』と出合い、子どもたちが学びを展開していくワークショップのとりこになる。2021年7月、共著『社会科ワークショップ〜自立した学び手を育てる教え方・学び方』を出版。子どもたちが学習のコントローラーを握り、自立して学んでいく姿をどの教科でも実現しようと日々奮闘中。モットーは「徹底的に子ども目線」。まずは子どもの目線まで降りて、子どもたちの声に耳を傾けることを大切にしている。