【ICT教育】学校嫌いだった私が、教員を通して実現したいこと

香川 雄亮   Yusuke Kagawa
東京都あきる野市立五日市小学校 情報主任
Google認定教育者 レベル1
GEG Hachioji 共同リーダー

今回のスクスクでは、東京都八王子市で先進的なICT教育を推進していた香川雄亮先生にインタビューを実施しました。香川先生がICT教育に注力するに至ったルーツや教育観をたどりながら、学校教育におけるデジタルの活用のあり方や、教育を通じて目指すビジョンについて伺いました。(2022年4月に、あきる野市へと異動)

ITは仕事というより遊び感覚

大沢:
香川先生は八王子市の情報教育推進委員(※1)を務めていらっしゃいますが、香川先生にとってのITのルーツを教えてください。

香川:
はい、電力会社の技術職で働いていた父が、すごく機械好きで自前でガソリンで動くラジコン飛行機を作ったりアマチュア無線などをやっていました。そんな父の趣味が家庭にも色濃く反映されていて、海外のビンテージのスピーカーやウーハーにとてもこだわってたり。生まれた時からテクノロジーが身近にありましたね。

大沢:
それがITへの興味関心の原点ですか?

香川
そうですね。教育の世界でもGIGAスクール構想(※2)が始まって情報教育推進委員として働いていますが、私は幼少期からITに慣れ親しんでいたのもあって、ITは仕事ではなくて遊びに近い感覚です。

大沢:
ITが好きな先生に教えてもらえると子どもは楽しいでしょうね!

でも、それだけITが好きなのに職業にしようと思わなかったんですか?

香川:
ITを仕事にすることは全く考えていなくて、僕はプログラミングよりITを使った創作活動に興味があったんです。高校時代には音楽制作ソフトなどを使って電子ピアノで作曲したり、イベントを企画してインターネットで発信したりとか。言葉や文章で表現するのは苦手ですが、デジタルを通すとこんなにも自分を表現できるんだ、という楽しさがありました。

大沢:
もし私が香川先生なら、IT関連企業を志望して就職活動しそうですが、先生に?

香川
実は就職活動をやったことがなくて。今は先生という立場なんですが、実は僕は高校を中退していて、親の援助を受けて大阪にある音楽専門学校にいれてもらって。中卒の資格さえあれば入れたんですよ。だけど、その専門学校にも通わなかったんです。

大沢:
先生をなさってるので高校中退は驚きですが、専門学校にも行かなかったんですね。

香川:
親に立て替えてもらっていた入学金や授業料の返済をしなければいけないという想いに駆られて、ラーメン屋で夕方から明け方までバイトしてました。そうしたら結局ラーメン屋のバイトが楽しくなって専門学校には行かなくなりました。

香川さんが学校HP用に撮影したドローンによる航空写真。公立小学校でも先端ITを活用した取組の実践が始まっている。

 

嫌いだった学校を職場に選んだ理由

大沢:
これまでのお話では先生の姿が想像できないんですが、教育の世界に足を踏み入れるきっかけは何だったんですか?

香川:
そうですね。そもそも私は高校を中退しているので、学校や先生に対して、マイナスなイメージを持ってました。母はよく「あの時の先生はあなたに良くしてくれたよ」と言ってましたので、担任の先生は私のことを認めたり褒めてくれてたと思うんですけど「先生がいてよかった」とか「先生のおかげで自信が持てた」という記憶が無くて。

実は母方は代々教師家系で、母も教師ですし、祖父が香川県の校長会の会長をしたり、祖母は僕が入った高校の体育の教師をしてたりガチガチの教師家系だったんです。

大沢:
そうだったんですね。学校が嫌いなところから先生になる、そのきっかけはお母さまですか?

香川:
いえ、学校嫌いのきっかけが母というわけではなかったですね。様々な積み重ねがそうさせたんですが、一方で母とはぶつかってましたね。(笑)
よく「ふつうはね~あんた」と言われていて「おかん(先生)のふつうってなんやねん!価値観を押し付けんといて」と反発してました。だから、なおさら、「普通」とか「一般論」を説く教師という職業はいっさい頭に浮かばなかったです。そもそも学校でもすごい怒られてましたし。

大沢:
何して怒られたんですか?

香川:
授業中に立って歩いたり、授業中うるさかったり、じっとしていられなかったり。今でいうADHD(※3)傾向ですね。

大沢:
なるほど。そこからなんで教師に?

香川:
思い返すと、ラーメン屋で本気で勤めあげる覚悟がなかったこと、両親に大学への入学を薦められたこと、大学の先生の存在ですね。

大沢:
反発していた親や先生の薦めで教師を目指すことになったというのは意外ですね。

香川:
20代前後になると将来について深く考える時期が来ると思うんですが、僕は専門に通っていた時だったんです。振り返ると、学生時代にアルバイトしていたラーメン屋が自分の中でとても大きい存在でした。少し大袈裟ですが、やさぐれてた自分が更生できたきっかけと言ってもいいくらいで。昔は身体中にピアスを30個ほどつけてたり、タトゥーを入れてたりした自分が真っ当な・・・。

大沢:
えっ!今の香川先生では考えられないくらいやんちゃな時期があったんですね!

香川
はい、そういう時期もありました(笑)。バイトでは、そんな自分に「働くっていいな」とか「人のために役立てるってやりがいがあるな」といった生きがいを感じました。あとは、お金も新鮮でした。働いたことを評価してもらってその対価としてお給料をもらう。初めての経験で、それは自分が社会から認められたような感覚もあってとても心地よく感じました。その当時はお給料が手渡しで「おつかれさま」と言われながら受け取るお金に有難みと充足感がありました。

そうして気持ちが徐々に前向きになっていた矢先、両親から「ラーメン屋にお世話になるのも一つの人生だけど、自分の人生を見つめてみないか。」と言われました。「もしこの先もラーメン屋でやっていくにしても、人から学歴を見られることはあるし、せめて大学を出たという経歴だけでも作っておくのはどうだ」と言われたんです。

そのとき前向きな気持ちになってたこともあって両親の意見をスッと素直に聞けて、それならばと高等学校卒業程度認定試験(※4)を取得した後、なんとか短大に進学することができました。

大沢:
すごい心境の変化ですね。

香川:
はい、本当にそのラーメン屋の店主には感謝してます。

今回もまた親に学費を援助してもらっていたので親にお金を返すために就職しないと、と思いながら授業を受けていたところ、たまたま教育学の授業がすごく楽しかったんです。色んな人と対話ができて、多様な価値観に触れることが出来る授業でそれがすごく面白かったんです。たぶんラーメン屋のバイトを経験することで生じた僕自身の変化にも興味があったし、人にも興味を抱くようになっていたんだと思います。

授業の後に先生に感想を伝えに行くと「卒業したらどうするの?」と聞かれて「特に考えてないです」と言ったら、「教育学部に編入して先生を目指すのも一つの選択肢じゃない?」と言っていただいて。

大沢:
そこで教育と出会うのですね。ラーメン屋さんに続き、運命の出会いがあったんですね。

香川
その時は運命だとは思わなくて、教育学に興味はありましたが先生になろうなんて一切考えてなかったです。

その後、教育を専門的に学べる大学の編入試験をいくつか受験したところ、帝京大学の心理学部と初等教育学部には合格して。心理学にも興味があったんですが、その時、例の先生の言葉がふと思い浮かんで「初等教育学部」に進むことにしました。

大沢:
その短大の先生との出会いがなければ、香川先生は教師にはなっていなかったのですね。

香川:
なってないですね。僕は小さいころから先生になりたいなんて思ったことはなかったので。

大沢:
どうしてその先生の意見をすんなり受け入れられたんですか?

香川:
タイミングが良かったんです。ラーメン屋で気持ちが前向きになっていて授業が楽しいと思えている時だったので、その先生の言葉がポジティブに捉えられました。今でも忘れられない言葉になってます。

大沢:
なるほど。精神面が大きく影響していたんですね。

香川:
はい。僕はその先生に対してなにか特別な感情があるわけではないですし、その先生が僕のことを認めてくれたり、褒めてくれることもありませんでしたね。ただ、今後どうしていこうか考えていた時に、前向きな精神状態も相まって一つの選択肢として『先生になる』ということがスッと入ってきました。

情報教育推進委員(※1)
1人一台端末を使った効果的な授業やプログラミング教育、校務のIT化を推進していく立場の先生。香川先生は自校だけでなく、八王子市の情報教育推進にも携わっている。

■GIGAスクール構想(※2)
ICT技術の社会への浸透に伴い、教育現場でも先端技術の効果的な活用が求められる時代となっている。こうした社会の変化を受けて、文部科学省主導で、小中高等学校などの教育現場において児童・生徒各自がPCやタブレットといったICT端末を活用できるようにする取り組み。「GIGA」は「Global and Innovation Gateway forAll(全ての児童・生徒のための世界につながる革新的な扉)」の略。

■ADHD(※3)
注意欠如・多動症の略。小学校の児童でも近年ADHD該当者が増加傾向にあると言われている。

■高等学校卒業程度認定試験(※4)
様々な理由で、高等学校を卒業できなかった方の学習成果を適切に評価し、高等学校を卒業した者と同等以上の学力があるかどうかを認定するための試験。旧制度は、「大学入学資格検定制度」いわゆる「大検」。

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大沢 彰裕
(株)weclip 共同代表。(株)日立製作所の鉄道部門でセールスやコンサルティングに従事する傍ら、教育支援会社であるweclipを創業。プランナーとして、スクスクのメディア運営など教育支援事業に従事。1児の父。