【LGBTQ+】自分にできることからSDGsを考える

島袋 みこと  Mikoto Shimabukuro
フリーランス地球活動家
バイセクシュアル

今回のスクスクでは、フリーランスの地球活動家として、環境問題や気候変動、そしてLGBTQ+(※1)など様々なテーマで活動、講演等を行う島袋みことさんにインタビューを実施。自身も男女共に恋愛感情を持つバイセクシャルとして、これまでの体験や今後実現したいことについて伺いました。

LGBTQ+(※1)
それぞれレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、クエスチョニングの頭文字をとった略称。プラスは、それ以外にも様々なセクシャリティが存在する意味を込めて表記される。LGBTQ+の人は左利きの人と同じ割合で存在すると言われる。

SDGsとの出会い

大沢:
現在SDGsに関する様々な活動をされていますが、SDGsとの出会いを教えてください。

島袋:
高校3年生の4月に、沖縄県の国際協力人材育成事業(※2)で、ミャンマー、フィリピン、カンボジアのいずれかの国に行けるチャンスがあることを知りました。是非行きたいと思ったのですが、正直に言えば国際協力に興味があったというより、以前短期留学で行ったセブ島が楽しかったので、またフィリピンに行きたいな、というくらいの気持ちでした。

なんとか審査を通り、海外へ行けることになったのですが、行き先は第二希望のカンボジアだったんですね。それでも、費用負担せずに海外に行けるし、ラッキーという気持ちでした。滞在期間は11日間、合計13人の参加者で渡航するプログラムでした。

そのプログラムの事前研修で、SGDsと出会ったんです。

大沢:
では、SDGsとは偶然の出会いだったんですね。当時はSDGsをどう捉えていたのですか。

島袋:
SDGsを学ぶことは、途上国の大変さ、いわば世界の黒い部分を学ぶことだ、という理解でしたね。そして、実際にカンボジアに行くと、地雷で足を失くした人だったり、衛生環境が悪い病院などの現実がそこにはありました。それでも、街で会う人たちはみな挨拶してくれたんです。セブ島の時もそうでしたが、途上国の人の温かさに改めて触れることができ、それをもっと日本の人に知ってもらいたいと思いましたね。

帰国してすぐに校長先生に、「全校生徒の前でこの体験を話す時間をもらいたい」とお願いしたんです。はじめは無理と言われましたが、諦めずに「10分でもいいので!」と頼み込んだ結果、始業式で20分程、全校生徒の前で事業のことを話す機会を頂けたんです。

大沢:
校長先生に直接交渉とはすごいですね!その後はどんなリアクションがあったのですか。

島袋:
色んな人から声を掛けてもらいました。その人たちと会話する中で、改めて事前研修で学んだSDGsのことを思い出したんですね。それで授業でも是非やってほしいと思い先生に聞いたら、ほとんどの先生がSDGsのことを知らなかったんです。

その事実にとにかくびっくりしましたね。ただ、先生が知らなければ生徒が知られるわけないよなと思い、高校3年の9月から一人でSDGsを広める活動を始めました。具体的には「SDGs新聞」というのを作成し、自腹で印刷して校内に掲示しました。校内に掲示するのにも許可がいるので、教頭先生に相談して掲示しました。

そしたら、私もやりたいという人が4人程集まってくれたんです。その際、相談した教頭から同好会にすれば部費が出ることを教えてもらい、「SDGs同好会」として活動することになったんです。

大沢:
素晴らしい行動力ですね。同好会としての具体的な活動事例を教えていただけますか。

島袋:
先生に「テストでSDGsを出してください」と進言したんです。SDGsは社会、理科など科目としてなんでも取り扱えるんですよね。ただ、その時は一部の先生から「新しいことをやるな。」といった批判的なコメントも受けました。辛い時期もありましたが、それでも先生方ともしっかり対話しながら進めていき、卒業する頃には20名くらいまで人数も増え、全校生徒のほとんどがSDGsを耳にしたことがある状態にできたと思います。それ以外にも、地域のお祭りなどに出たりなど積極的に活動を行いました。

この時が、環境問題に取り組むようになった今の自分のルーツですね。

高校時代に立ち上げたSDGs同好会の様子

おきなわ国際協力人材育成事業(※2)
沖縄県内の高校生を開発途上国等へ派遣し、国際協力活動現場等の視察や現地の人々と交流を行うことにより、沖縄県の国際交流と国際協力活動を担う次世代の人材を育成するとともに、あわせて、県内で国際協力の意義や現状等を学ぶ機会を提供することで若者の国際感覚、グローバルな視点を涵養するための事業。

同性が好きであることを公表

大沢:
先生に批判的なこと言われながらも、何かを継続していく強さを持つのはとても難しいものです。

島袋:
よく言えば大人は本気で言えば話を聞いてくれる、悪く言えば大人をなめていたのかもしれないですね(笑)。私にとっては、高校2年生の恋愛体験が大きなきっかけでした。

高校2年の頃、私は女の子と交際を始めたんです。その後、これまでは同性が好きなことを隠していましたが、自分の想いを隠すことに悩む人が他にもいるのではと思い、Instagramで公表することにしました。

案の定、翌日には全校生徒に広まり、それが先生や保護者にも伝わり多くの批判を受けました。

「女の子同士で付き合わないでほしい」
「Instagram等で発信は控えてほしい」
「寝る子を起こすな」
「あまり変なことを吹き込まないでくれ」

交際相手が全国区だった運動部のホープだったのですが、監督も厳しい方で、学校の生徒指導部の主幹をされていた背景もあわさり、私の交際相手は「女の子と付き合ってる」という理由で、1週間ほど部活動停止の処分を受けたんです。

不当に思った私は、大人に対して「付き合ってるだけで何が悪いんですか?」と主張しましたが、こうした批判の言葉に正直とても落ち込みました。自分にこれだけの批判や文句が向けられる経験は無かったですからね。

大沢:
その時のつらさは想像に難くありません。その後、どう気持ちの整理をしていかれたのですか。

島袋:
だんだんと自分の中でも「理解してもらえないのも多様性のうちだな」と考えられるようになりました。先生方もLGBTQ+のことを習ってきてないし、周りにもそうした人がいるのは見えづらい。「知らなくて偏見するのは仕方がないな」と自分の中で落とし込んでいきましたね。そのなかで、理解してくれる大人がいたことも励みになりました。

こうした私自身の経験もあり、高校3年の時にSDGs新聞を発行するときには怖いもの無しだったんですね。「そんなの意味ない」「いらんことしないでほしい」といった厳しいコメントもありましたが、「言わせとけ」という気概でしたね(笑)。

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大沢 彰裕
(株)weclip 共同代表。(株)日立製作所の鉄道部門でセールスやコンサルティングに従事する傍ら、教育支援会社であるweclipを創業。プランナーとして、スクスクのメディア運営など教育支援事業に従事。1児の父。